近年、特にこの1~2年で、世間は賃上げムードとなりました。物価上昇にともない、生活費が増加していること、また、人口減少による人材不足がほとんどすべての業種で発生しており、人材確保のためにも企業は賃上げに対応しなくてはいけなくなっています。
とはいえ中小企業にとって、賃上げは負担が大きいものです。そこで政府は、一定要件を満たした企業に対して、税金を優遇する「賃上げ税制促進税制」を開始しました。
今回は、この賃上げ促進税制の内容と、税制度がもたらす影響、そして中小企業が活用するにはどうしたらいいのかについて解説します。
賃上げ促進税制とは?
「賃上げ促進税制」とは、その名の通り、従業員の給与賃金を促進するために作られた、企業への税制優遇制度です。物価上昇が始まった令和4年度の税制改正で創設され、令和6年度の改正によってさらに3年延長、また、その内容も拡充しています。
賃金を引き上げた会社は、法人税の税控除が認められるようになります。これにより、賃金を引き上げることが、直接的に会社のメリットになり、各企業が賃上げをしやすい環境づくりを目指しています。
企業側のメリット
それでは、賃上げ促進税制のメリットを確認しましょう。まずは企業側のメリットです。
税額控除を受けられる
賃上げ促進税制は「税額控除」制度です。つまり、企業の負担する法人税や、個人事業主が負担する所得税から直接控除されるという、節税対策が非常に高い制度です。
控除率は企業規模や賃上げ率、人材投資の実施状況によって異なりますが、常時使用する従業員が1000人以下の中小企業・個人事業主であれば、その控除額は最大45%にもなります。
人材育成に費用をかけた企業は、控除額の上乗せ
賃上げのほか、従業員の育成にかけた費用(教育訓練費)を拡充した企業は、控除額を上乗せができる場合があります。
具体的には、「前年度と比べて5%増加していること」「教育訓練費の額が、雇用者の給与の0.05%以上であること」の2点が要件で、これを満たすと税額控除が10%上乗せされます。
控除しきれなかった金額は5年間繰り越せる
令和6年度の改正で新設されたのが、この繰り越し制度です。賃上げをしたけれども、赤字経営となってしまった場合は、法人所得税は0円となりますので、控除されるべき額が宙に浮いてしまいます。
その場合、最大5年間にわたり控除額を繰り越すことができます。
従業員側のメリット
もちろん従業員側にもメリットがあります。
給与やボーナスのアップ
中小企業が賃上げ促進税制を利用するには、「雇用者全体の給与等支給額の増加」という要件を満たす必要があります。この要件を満たすには、従業員の給与・ボーナスを引き上げるか、雇用する人数を増やすかして、全体の給与支給額を上げる必要があります。
そのため従業員側では、自身の給与アップもしくは、新しく人を雇ったことで現場仕事の負担軽減につながるというのがメリットです。
控除率や要件
企業規模によって賃上げ促進税制の適用要件や控除率は異なりますが、今回は中小企業のケースに絞って説明していきます。なお、賃上げ促進税制では、次のいずれかの企業を「中小企業」として区分しています。
・青色申告書を提出する中小企業社
・従業員数1000人以下の個人事業主
上記の中小企業が、以下の要件を満たした場合、その要件の内容に応じて、控除率が決定します。また、上乗せ要件も2つあるので、これを満たせばさらに控除率が引き上がります。
・賃金総額が前年より1.5%以上増加した場合、税額控除率は15%。
・賃金総額が前年より2.5%以上増加した場合、税額控除率は30%。
・(上乗せ要件①教育訓練費の増加)教育訓練費が前年度より5%増加しており、さらに教育訓練費の額が雇用者給与等支給額の0.05%以上であると、さらに10%上乗せ。
・(上乗せ要件②子育て、女性活躍支援)くるみん認定、くるみんプラス認定、えるぼし認定(2段階目以上)を所得したこと または、事業年度終了のときにおいて、プラチナくるみん認定、プラチナくるみん認定、プラチナくるみんプラス認定、もしくはプラチナえるぼし認定を受けていれば、さらに5%上乗せ。
すべての要件を満たした場合、なんと最大45%の法人税が控除されます。
控除対象となる「給与等」の範囲
対象となるのは、所得税法における「給与所得」に該当するものです。例えば、毎月の給与、ボーナス、残業手当、扶養手当、住宅手当、通勤手当などが該当します。退職金は給与所得に該当しないので対象外となります。
また、国内雇用者に対する給与等のみが控除の対象となっているので、海外での雇用者の給与を上げても控除対象として認められません。
賃上げ促進税制の申請方法
実は、賃上げ促進税制を利用するにあたっては、事前の申請や、認定を受ける必要はありません。その代わり、確定申告の際、賃上げしたことを証明できる資料を添付して申告します。
【賃上げ促進税制 適用時に提出する書類】
・別表(法人税申告書)
・適用額明細書
・給与等支給額が増加した場合の法人税額の特別控除に関する明細書
・(教育訓練費の上乗せを申告するときは実施時期や受講者、支払証明などを記載した書類)
確定申告書にこれらの書類を添付し、申告書の中に税額控除分を反映させて、提出するだけで完了です。
また、赤字となった場合も、5年間繰り越し制度を利用するのであれば、きちんと明細は提出しておく必要がありますので注意しましょう。
まとめ
賃上げ促進税制は、従業員の賃金を引き上げることで企業の法人税負担を軽減するという、国による大規模な賃上げ施策となっています。
事前申請などは一切不要。確定申告準備に必要書類を添付するだけで税額が最大45%控除されるという、非常に節税対策が高い制度なので、利用しない手はありません。賃上げをすることで従業員満足度も高まりますし、人材教育費も控除対象なので、予算をかけて人材育成をすることも可能です。
ただし、賃上げを伴う制度なので、計画的に行わないと、資金ショートを起こす可能性もあります。税額控除率だけを意識するのではなく、実際の経営状況に応じた形で、賃上げをしていかなくてはいけません。どのようなペースで賃上げをするのが良いのかの判断については、専門家に相談するのがおすすめです。
執筆者紹介
- 東京都町田市生まれ、神奈川県相模原市在住。
慶應義塾大学商学部卒
大学卒業後、東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)勤務を経て
平成27年独立開業。
相模原地域を中心に、多くの企業の会社設立を支援。多数の講演実績。
出版書籍に
「会社と家族を守る事業の引き継ぎ方と資産の残し方ポイント46」
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